今や全国を賑わせている自民党の復党問題。平沼氏を除く11人の造反議員の復党が認められる見通しだという。これについて意見を述べたい。
造反議員は、いかなる理由や信念にせよ郵政民営化法案に反対している。自民党の法規に造反しているということで、自民党から除名勧告を突きつけられたわけだ。しかも衆院選では刺客立候補まで立てられるという徹底ぶり。
しかし造反議員は、郵政民営化法案に反対する信念を突き通し、有権者から評価されて当選したわけである。郵政民営化法案を焦点に行われた衆院選であった。
自民党は造反議員の復党を検討したいと言い始め、造反議員も復党の意思を見せ始めた。こうした中で、平沼氏を除く11人の議員が復党を認められた。衆院選で投票した有権者の意思はどこへ追いやられたのか?安倍首相を始めとする自民党が有権者をどう思っているかという姿勢が明らかになった。
自民党は国民をバカにしているのである。洗脳されている国民よ。自民党の愚かな国政に気づけ!
- 2006/11/28(火) 23:41:31|
- うっちーの主張
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ここんところ音調津中学校での思い出に黄昏る私・・・。もうちょっと思い出話に付き合うて・・・(汗)。まぁまぁ”うっちー”の意外な一面に触れるチャンス!(笑)
音調津中学校での海浜留学生活を満喫してた私。生徒の数はめっちゃ少なかったけど、暖かく見守る先生達がおれたから寂しくなかったと思うんだな。音調津中学校での先生達は、ほとんどが道外出身なんだよね。しかも若い先生ばっかりだったというのを覚えている。
そして私の同級生は最大で7人いた。その中で音調津村出身の同級生は1人しか居なかった。残りの6人は、私を含めて村外出身だったのである。いかに地元の子供が少ないのが分かって頂けると思う。
その同級生達の中にある女生徒がいた。その女生徒は北海道の小樽市出身だったと思う・・・。多分・・・。記憶が定かではないしね・・・(汗)。その女生徒は、海浜留学制度を使って通学していたんじゃないのね。女生徒のお父様が、音調津中学校の副校長だったわけ。その副校長の赴任に伴い、家族で引っ越されたんだな。
その女生徒はクラスでのまとめ役みたいな存在だった。先制達にも頼りにされていて、友達から頼られていた。私が初めて音調津中学校に行った頃は、色々とフォローしてくれていた。本当に有り難かった・・・(涙)。
そんな私だけど里親との事情が色々とあって、海浜留学を切り上げて予定よりちょっと早めに帰京した。本当に突然な帰京で、クラスメートに挨拶すらも出来なかった。だけど挨拶できたのが、その女生徒だけだったんだ。音調津中学校のそばにある教員社宅で暮らしていたから、少しだけ挨拶することができた。それだけでも良かったと思う。
突然な帰京から2ヶ月経った頃だろうか・・・。地元の中学校で部活を終えて、帰宅したら封筒が届いていた。差出人は、同じ京都府から海浜留学制度を使って留学している生徒のお母様だった。同じ京都府から海浜留学制度を使っているという縁で知り合ったのである。封筒の中身を見てみると、手紙と校内通信が入っていた。手紙には、こう書かれていた。
「”うっちー”様 音調津中学校の校内通信をご覧下さい。”うっちー”のことが書かれています」(省略すれば、こういう意味だった)
早速、校内通信をご覧させて頂いた。するとある記事に目が留まった。その見出しでは、「○○さんが広尾町教育委員会主催の作文発表会で準優勝した」と書かれていた。○○さんとは、その女生徒だったのだ。
作文の全文が校内通信に載っていたので、読ませて頂いた。作文のテーマは、私を取り上げていた。簡単に紹介すれば、「聴覚障害を持つ方と初めて関わりあった」、「聴覚障害を持つ方とのコミュニケーションの難しさ」、「障害者とて明るく暮らしている」などであった。
自分でもびっくりするくらい、聴覚障害と接する難しさなどが詳細に記されていた。何より、私という存在を認めてくれたようで嬉しかったのを覚えている。何十回も読み返しては、嬉しい気持ちになったものだ。その女生徒が発表した作文のおかげで、海浜留学は無駄ではなかったと改めて思えさせてくれたと思っている。
海浜留学から帰京して、約11年経った・・・。未だに、その女生徒とは再会していない。全国のどこかで相変わらず活躍されていることだと思う。
いつか再会して先ずはお礼を言いたい。そして思い出話に花を咲かせたいなと思っている。それまでは成長した自分を見せられるよう、日々精進のみですな・・・(汗)。
あぁ音調津中学校よ・・・。
- 2006/11/27(月) 23:06:39|
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我がアパートで活躍しているノートPC。社会人1年目での初ボーナスで買い物し、我が相棒となったのだ。社会人になったのが20歳の頃だったのだから・・・5年目の付き合いになりますな。
そのノートPCに埋め込まれているキーボードの「M」パネルが剥がれてしまったのだ。しかも1年前から剥がれていたんだな・・・(汗)。今まで我慢しながら、使ってきた・・・。パネルが剥がれていようと、直接ゴムを押せば普通に入力できるわけだからね。しかしそれも限界に来たようだ。
そこでノートPCの美容整形手術を実行!人間で言えば・・・三つ目にする手術と言ったところですかね・・・(汗)。三つ目にする整形手術とは・・・では手術結果をご覧下さい。

そう・・・新しいキーボードを買っただけなんです。パネルを直すのもめんどくさいし・・・。初心に帰る(?)つもりで、新しいキーボードを購入しました。いやー新しいというのは、何回経験しても気持ちいいもんですな(笑)。
しかもドライバ不要というUSBキーボード!「いつ」「どれでも」使えるという器用なキーボード。末永く使えることを重視に購入しました。肝心の値段は・・・な・なん・なんと1,480円!!キ、キターーーーーーーーーーーーーーーー!!(笑)
改めて、私の「買い物上手」に心酔しつつある・・・(笑)。
- 2006/11/27(月) 21:09:44|
- 日常生活
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突然だが、私の過去を記そうと思う。最後までお読み頂ければ幸いである。何故そういう行動に駆られたのか、それはある1通の封筒の存在が大きかった・・・。
その1通の封筒とは・・・これである。

あまり知られていないことだが、中学1年の頃は約1年間北海道に住んでいた。しかも家族の元を離れて、里親のところで暮らしていたのである。海浜留学制度というものを導入していた中学校があり、地元の子供が減少していることで、本州の子供を留学で受け入れて自然に囲まれながら勉強していこうというものだった。その中学校が音調津中学校であった。
海浜留学したきっかけは、親がある新聞の記事に目を留めたからである。海浜留学制度があるという記事を読み、「あんた北海道で暮らしたらいいんちゃう?」と提案してきたもので、それに乗ったというわけだ。
当然ながら、その音調津中学校では聴覚障害を持ってるという中学生は私だけ。他の同級生は、健聴者であった。沖縄や愛知から来ている生徒もいたな・・・。たった約1年間の留学生活であったが、金に換えられないほどの友達や宝物をたくさん頂いた。たかが約1年、されど約1年、と言っていいほど私の人生に大きな影響を与えた留学生活であったように思う。
心の拠り所であった、音調津中学校が閉校に追い込まれたという。やはり生徒の減少が大きな理由になったようだ。海浜留学制度や里親として子供を支えた村民が断腸の思いで、閉校を受け入れたという経過が記されていた。
「閉校記念大会を開くから寄付や出席のお願い」として封筒で届いたものだった。小さな夢だったが、結婚出来たら新婚旅行で音調津中学校を訪れたいという夢を持っていた。そんな夢も叶わなくなった・・・(泣)。
音調津中学校は閉校となるが、私の心の中で音調津中学校という存在は絶対に消えることはないだろう・・・(涙)。
- 2006/11/26(日) 23:01:29|
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最近、活動で近畿各地を飛び回っている。10月では全国各地であったが、11月では近畿各地になってそうだ。セブンちゃんを酷使しながら・・・(汗)。
たまたまインターネットでニュースをチェックしていたら、J2の横浜FCの城彰二選手が引退を決意したという。その瞬間、時代の流れというものを実感したのだった。私が中田英寿氏フリークに成り立ての頃は、中田英寿氏が、「プレーしやすいFW(点取り屋)は、城彰二選手だね」と答えたときで、城彰二選手のプレーにも目を見張ってきた。
その城彰二選手が引退するという。なんだか感慨ひとしおになっちゃうんだよね。幸いにもJ2の横浜FCは、J1昇格を目指し、J2首位を突っ走ってるらしい。城彰二選手を筆頭に、チーム一丸となってJ1昇格を果たしてもらいたい。そうしたら有終の美を飾りながら引退することが出来る。
さぁ当分は横浜FC、城彰二選手のプレーに注目ですよ。
- 2006/11/23(木) 22:54:18|
- スポーツ関連
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見よ!私が手がけた料理を!私の辞典に「不可能」という言葉はない!(笑)

○ご飯
○味噌汁
○プルコギ
○京大根の蟹あんかけ
○山芋もずく
ここまで作るのは苦労しました・・・。特に、「京大根の蟹あんかけ」がまいうーですな。
はいっ!ここで、「ドッキリカメラ」の看板が登場ー。私にこんな立派な晩御飯コースを作れるわけがありません(汗)。ってか、作ってみたい気がするが、何年かかるやら・・・。
実は、我が会社の敷地内にある寮の食事でした。ある手違いで寮の食事が余ったということで、残飯処理係として一人暮らしの私に、白羽の矢が立ったわけなんです。いやーおふくろの味がしました・・・(涙)。
美味しゅうございました・・・。
- 2006/11/21(火) 20:51:43|
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さて先日に記事を書いた、「銭湯愛好会」が契約したロッカーを本邦初公開しちゃいます!契約したロッカーには、契約者名のシールが付くのだ!さぁご覧あれ。

「銭湯愛好会」と言ったにも関わらず、「銭湯を愛する会」になってますな・・・(汗)。まぁこれが憎い?!(笑)
- 2006/11/19(日) 23:37:53|
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会社の健康診断を終えて・・・。わらにもすがる思いで、つい飲んでしまう代物がある。別にこれを飲んだからと言って、痩せるわけでもないし病気が治るわけでもない。
何故かな・・・つい飲んでしまう。

まぁ味もそんなに悪くないので、よしとせり(笑)。これを1日も欠かさず飲むようになりました。一人暮らしにとっては最適かも知れません。
本音を言えば、これで病気が治ったら最高である・・・(笑)。
- 2006/11/17(金) 23:23:22|
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ろうあ運動を続けている私だが、他にも入っている団体がある。それは何なのか。京都府で活動する「銭湯愛好会」である。
高校を卒業してから、ろう社会人のバスケ部に所属していた。バスケ部の練習が終わった後は、決まったかのように銭湯へ行くのが定番であった。しかし去年から、「銭湯愛好会」として定期的に集まってくるようになっていた。
もちろんスーパー銭湯も愛すが、一番愛するのは地域の小さな銭湯である。いつも場所は気分的にコロコロと変えていた。例えば、「サウナに入りたいし、サウナが広いところ」とか「湯船がめっちゃ広いところ」とかいう風に変えていたのだ。
そこで「銭湯愛好会」の発展を遂げる為にも、行きつけの銭湯を決めることになった。選ばれしの銭湯で、ロッカーを契約したのだ。ロッカーには、ジャンプーやリンスなどを置ける。つまり手ぶらやタオルだけで、気楽に銭湯へ入れるというもの。
契約期間は半年で3,000円だった。会費を集めて契約することに至ったわけである。いよいよ本格化してきた、「銭湯愛好会」!!会費を払ったからには、定期的に通わなきゃいけないんだよな・・・。
まぁ銭湯を愛す身として、うまく調整していきます。
- 2006/11/16(木) 23:58:46|
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最近、周りの皆さんから決まって言われることがあるんです。それはなんでしょうか?皆さんも知りたいでしょう?
えっ?!「太った?」という一言かって?そもそも、「太った?」って言われるわけないだろー!(笑)全然違うよーだ!あー残念!斬りー!(笑)
本当の答えとは・・・。それはあなたの中にある・・・なんちゃってー!ここまでじらすのも、なんだかいじわるっぽいので・・・。さぁ!どうぞ!
「白髪、増えてない・・・?」

そう・・・。この一言を決まって言われるようになったんです。ついでに鏡も恋人になりました(笑)。今の会社に転職してから、急激に増えたって感じです。別に今の職場ではストレスも溜まっていないのですが・・・(汗)。
若い頃は白髪染めでもやっていましたが、金をかけても数ヵ月後には元に戻るというのに気づき、「ばかばかしい」と止めました。さぁどう若く見せるかが、これからのテーマのようです(笑)。
- 2006/11/15(水) 22:26:26|
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あっという間に最終日を迎えた。それに伴い、身体の疲れもピーク!本当にクタクタだったんだから・・・。若い方々を見て思うことが一つ。「若いっていいよなぁ・・・」(笑)。
朝早くに会場へ向かう。(財)全日本ろうあ連盟青年部として書籍販売があるのだ。受付が始まる前に、準備しなきゃいけなかったんだよねぇ。朝っぱらから、いきなりハードワークですねぇ(笑)。
こうして閉会式が始まる。そしてそれぞれの分科会発表がなされていく。私が担当した分科会の発表もあったんだけど、イラン代表のヘルプに追われていてまともに発表を見れなかった・・・(泣)。私が適当に選んだ発表者が頑張って発表してくれていたのに、その発表姿を見れなかったというのは本当に後悔していますね(汗)。タイムマシーンがあれば、戻って発表を見届けたい気分です(笑)。
続いて、APろう青年キャンプに参加された皆さんに、出席証明を渡すことに。出席証明をもらった皆さんは輝いてましたよ!実行委員会メンバーも誇らしげな表情をしていましたから。
閉会式が終わって、事務連絡の時間に。「ちょっと待ったぁー!あっしをお忘れでないかね?」という雰囲気で、舞台に登場しました。今は(財)全日本ろうあ連盟青年部の組織部長を務めているんだけども、その責務の中に「日本聴力障害新聞拡大」が組み込まれているのね。その日本聴力障害新聞のPRで舞台に上がったわけなんです。
去年度の全国ろうあ青年研究討論会でも舞台に上がって、日本聴力障害新聞をPRしてきたんです。な・・・なの・・・なのに・・・、全然効果が無かったんです(泣)。そこで「猫の手も借りたい!」という思いで、日本聴力障害新聞の編集に携わっている(財)全日本ろうあ連盟京都事務所の職員にも舞台に上がって頂きました。ご心配なく!その京都事務所の職員も、全国ろうあ青年研究討論会に参加する資格をお持ちで、無事に35歳以下となっております(笑)。我ながら、自画自賛のアイデアや!と思っています。
その効果は抜群だったのか、即、数部拡大!と相成りました。やはり見飽きた私よりも、ニューフェイスがPRするといった斬新な方法がPRの効果を上げるコツのようです・・・(泣)。それならば!来年度の全国ろうあ青年研究討論会では、誰を舞台に上げましょうか・・・?(笑)そうだ!(財)全日本ろうあ連盟本部事務所と京都事務所の若きアイドル(?)に勢揃いで上がって貰おうかね・・・(笑)。
無事に全国ろうあ青年研究討論会の幕が閉じた・・・。その後は、APろう青年キャンプの参加者と実行委員並びに中央委員で大きな輪で一つになった。そして一人ずつハグしていったんだな。何故か中央委員会事務局メンバーのMさんとFさんは、既に目を真っ赤にしておられました(笑)。そういう私もやばかったです。ハグしているうちに、何だか胸に熱いものがこみ上げてきて・・・。後は・・・涙魔との戦いでした。人目のあるところで泣くのはそんなに慣れていないんで、そりゃもう必死でしたよ(汗)。かろうじて、涙魔との戦いを制しましたけどね!
さて読んでみていかがでしたか?来年度の全国ろうあ青年研究討論会は滋賀県で催されます。本物の”うっちー”と会いたい方は、全国ろうあ青年研究討論会in滋賀県に参加しましょう。きっと会えますよ。多分・・・(笑)。
じゃあアディオス!
- 2006/11/14(火) 21:56:23|
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第40回全国ろうあ青年研究討論会2日目は、分科会である。例年と違い、APろう青年キャンプの企画が組み込まれていた。その為、分科会は1日のみとなった。1日をいかにうまく使い、どこまで議論できるかが鍵となっていた。実にどこまでもプレッシャーをかけてくれる・・・(汗)。
事前打ち合わせは出来なかったが、メールによる打ち合わせは済ませていた。A理事長との時間配分で、講演2本ずつ分けた。まずはA理事長の講演!!
っと思ったのだが、プロジェクタートラブル・・・。いきなりこうですかぃ・・・。参加者の呆れ顔もちらほら・・・。私ってついてないんですね(泣)。
やっと修復し、順調にスケジュールを消化していった。私も講演2本を担当したのだが、なんとか乗り切れたと思う・・・。多分・・・(汗)。自信ないけどなー(笑)。ってか、その中でプロジェクタートラブルが2回も発生したんですよ!そんなトラブルを乗り越えつつも、司会として円滑に進行させなければならないというプレッシャー・・・。ここで本音を書かせてもらえるとすれば、「孤独の立場で、本当に苦しかった・・・」と書いておきます。
最終日に分科会発表があるんだけども、その分科会発表者を決めなきゃいけないのね。まぁ分かりきってたけど、「希望者は居ますか?」って聞いたら、誰も手を挙げやしねぇ!!まぁ私もそういう立場だったら、手を挙げないけどね(笑)。そこで独断的に、発表者を選出していったんだな。
1.私と同じ歳の方!(福岡県に決定)
2.福岡県は南だから、北の方!(北海道に決定)
今思えば、無茶苦茶な決め方をしたと思うよ・・・(汗)。快く応じて下さった二人の方、本当に有り難う!!私を恨んでると思うが、そろそろ忘れて下さいねー(笑)。
夜は「さよならパーティー」!!しかし分科会発表の打ち合わせ等で、開始に間に合わなかったんだよね・・・(泣)。その時に打ち合わせた発表者にも悪いことをしたなって思うよ・・・。すまんこってす!!
その後、「さよならパーティー」でとんでもないことをしでかすとは誰でも予想付かなかった・・・。S委員長から、「地元実行委員会の出し物である「ひょっとこ踊り」に出るように!」と命令されたんだよね(泣)。「ひょっとこ踊り」と言いやぁ、下半身はトランクス一枚になるのである。
「大衆面目の前で、そんな恥ずかしい真似になれるかぁ!」と一回断ったよ・・・。それでも引くわけないのが、S委員長の性格。「ええか!それが出来るのは、”うっちー”だけなんや。つべこべ言わずに、引き受けろ!」と言われてしまい、しぶしぶ引き受けることに・・・。
実際にトランクス一枚となって、大衆面目の前で「ひょっとこ踊り」を踊るのは、顔から火が出るほどめっちゃ恥ずかしかったよ・・・(泣)。でもね踊った後は、何故か清清しい気持ちになっていた。それにしても「ひょっとこ踊り」がこんなにハードとは知らなかった。踊ってみなきゃ、分からないままだったと思う。いやぁ貴重な体験をさしてもらいましたわ。
ある意味で脳裏に強く焼きつく全国ろうあ青年研究討論会となるであろう・・・。
- 2006/11/13(月) 21:42:30|
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10/31からAPろう青年キャンプに参加したわけだが、バタバタしている間に、あっという間に第40回全国ろうあ青年研究討論会を迎えた。何故かこんな時だけ、時が経つのが早く感じる・・・(汗)。
APろう青年キャンプのプログラムの中にも、第40回全国ろうあ青年研究討論会の参加が含まれている。だから様々な分科会に、APろう青年キャンプの参加者も参加するわけである。40周年という節目に、国際化した全国ろうあ青年研究討論会であった。
私はある分科会で講師を務めることになっていた。その分科会の特徴は入門講座であり、講義コースとなっている。従って、講師は私だけでなくあと一人いるのである。しかもその一人が、親団体の理事長なのである。緊張しない方がおかしいと言っても過言ではない(汗)。
そんな中で初日に事前打ち合わせの時間が設けられたのであるが、A理事長は公用の為、欠席された。こうなりゃぶっつけ本番である!その時に沸いて出てきたのが、”大和魂”!!(笑)
こうして昼から開会式典がスタートし、私も主催側として舞台に上がった。幸いに2列目であったので、気楽に座れた。見えるわけでもないしね(笑)。
続いて講師・座長紹介では、A理事長とO元理事の間に座ることに・・・。あらまぁ緊張しますなぁ。でもA理事長やO元理事が気楽に雑談してくださったおかげで、いつもの私で乗り切れました(笑)。
無事に開会式典が終了し、目玉と言える”APデフ祭”!!私は日本手話通訳として舞台に上がることが決まっていた。アジア太平洋各国の方が国際手話で話される為、日本の参加者はそれを理解出来ないので、日本手話通訳が設置されることに至ったわけである。
私は胸の中で固く決めていたことがあった。日本手話通訳をする際には、「NHK手話ニュース」のキャスターみたいに手話表現や待機する姿勢を現そうって・・・。きちんと出来たか分からないけど、「NHK手話ニュース」のキャスター気分を味わっていました(笑)。
その後は、会議やら飲み会やらでバタバタしてました・・・。
- 2006/11/12(日) 22:31:46|
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皆さん!サボってた訳ではないのです!このブログのサーバーが止まっていまして、更新する気が無かったのです(笑)。ふぇっふぇっ・・・。
APろう青年キャンプでは、かなりの難関が2つ待ち受けておりました。2つの分科会を担当することになったのです。しかも助言者&座長という立場で・・・。さらにぃーコミュニケーションは国際手話のみ!と来た!(笑)
しかし念のために、国際手話通訳も設置されていました。だからって甘える訳にはいかないっすよねー?清水の舞台から飛び降りる覚悟で挑んできました(笑)。
一つ目の分科会は、「青年部の組織とは?」(11/1)
本職ならでのテーマですな(笑)。財団法人全日本ろうあ連盟青年部で組織部長を務めさせて頂いているからには、完璧に運営しなければ!と思っていたわけですね。そりゃ燃えましたよー。国際手話でコミュニケーションを取っていったつもりが、終盤では国際手話通訳に任せきりになってました(汗)。
2つめの分科会は、「青年部の設立」(11/2)
1つめの分科会で、国際手話通訳に頼ってしまった事を反省し、全て自力で乗り切る!と決意した。その決意は13分後に崩れ去った・・・(笑)。国際手話通訳が設置されるのがいけないのだ!(笑)逆ギレはいけませんな・・・(汗)。
二つの分科会ともタイムオーバーで物足りない感じがあった。だってよぅたった50分間で、どこからどこまでを話せっつぅーの!(笑)プログラムの関係でこうなったいうのは分かっているんだけど・・・。もっとアジア太平洋各国のニーズを掴みたかった・・・(泣)。
実は講演(もちろん国際手話)も受け持つことになってたんです。直前の諸事情で、Y事務局長と交代しました。Y事務局長は、「国際手話で講演なんて、自信ねぇよー!いやだよー!”うっちー”!!やっぱお前がやれよ!!」とわめいてたくせに・・・。いざとなれば本番では、立派な講演・・・。
やはり日本人は、謙遜という文化をお持ちなんですね・・・(笑)。
- 2006/11/10(金) 20:58:51|
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朝一番の飛行機に飛び乗り、宮崎空港へ向かった。10月だけでも飛行機に乗ったのは、かれこれ5回目である。安月給だと言うのに・・・(笑)。
偶然にも、CS障害者放送統一機構の撮影団一行やパキスタン代表一行と乗り合わせた。1時間以上も早く着いたので、喫茶店で談笑。いやーモーニングコーヒーがうまいでんな。
宮崎空港へ着いたら、出迎えが来ていた。うむ、わるしゅうない(笑)。早速、会場である「サンホテル フェニックス」へ向かう。すると殆どの実行委員が集結しており、打ち合わせを進めていた。いかに集中してるかが伺える。
いよいよ昼1時から受付が始まり、受付を手伝うことにした。国際手話は勉強していなかったのだが、イギリスやマカオの滞在経験が生きたらしく、殆どコミュニケーションを取れた。いやーいやー良かった。
あっという間に、開会式を迎えた。参加者のほとんどは緊張していた。無理も無い。かく言う私は、マカオの友達と感動の再会を果たせたので、それほど緊張しなかった。
順調にスケジュールを解消。いよいよ本格的に忙しくなるのは、2日目からとなった。しかし私は既に疲れ果てていた・・・(汗)。
- 2006/11/07(火) 19:37:17|
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改めて、「ただいま!」と書きます。昨夜は疲れから来る眠気に勝てず、そのままベッドへ直行してしまいました。
第3回アジア太平洋ろう青年キャンプ(10/31〜11/5)と第40回全国ろうあ青年研究討論会(11/3〜5)に参加してきました。南国である宮崎県で催されたんですね。
ケータイで当日の様子を載せていくよう心がけていたつもりですが、3日目から途絶えてしまいました(汗)。その間は何していたのかと言うと、死んでました!心に余裕を持てないほど・・・。
まぁ無事に帰ってこれたので、明日からぼちぼち様子を載せていこうと思います。今日は早めに寝ます!仕事のために、疲れを取らなきゃいけないのです・・・(泣)。
- 2006/11/06(月) 22:02:37|
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たった今、愛する我がアパートに帰ってきました。新聞紙が溜まっており、片付けるのが大変でしたな・・・(汗)。
では今から倒れます・・・(笑)。
- 2006/11/05(日) 23:27:35|
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やっと三日目・・・。しかし死にかけてます・・・(汗)。ハード過ぎ・・・(泣)。
- 2006/11/02(木) 19:57:56|
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まだ二日目だというのに、疲れがピーク・・・。かなりヤバイです(汗)。
- 2006/11/01(水) 15:30:47|
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